2019年01月07日

オリヴァー・サックス 最後の言葉

「意識の川をゆく THE RIVR CONSCIOUSNESS 」オリヴァー・サックス 太田直子 訳 早川書房 2018年

 p125〜

 「記憶は誤りやすい 
 心や脳内には、私たちの思い出の真実を、というか少なくとも事実と一致する特徴を、保証するメカニズムはないようだ。私たちには歴史的真実に直接近く方法はなく、自分が何を真実だと感じるか、あるいは何を真実だと主張するかは、感覚と同じぐらい想像力に依存している(ヘレン・ケラーはこのことに気づきやすい立場にあった)。世のなかの出来事を脳内で直接伝えたり記憶したりする方法はない、出来事はきわめて主観的に経験され、構築されるので、そもそも個人によって異なり、想起されるたびに違うように再解釈され、再体験される。私たちにとって唯一の真実は物語的真実、私たちがお互いや自分自身に話す物語、絶えず再分類し、磨きをかける物語である。そのような主観性は、記憶の本質そのものに組み込まれ、私たちがもつ脳内の記憶の基礎とメカニズムから得られる。不思議なのは、記憶が極端な逸脱をはたらくのは比較的まれで、私たちの記憶の大部分はとても確実で信頼できることだ。
 私たち人間は誤りやすく、弱く、不完全な、しかし同時にとても柔軟で創造的な記憶力を与えられている。記憶の出所に関する混同や無関心は、逆説的な強みかもしれない。もしあらゆる知識の出所を認識できたとしたら、私たちは無用の情報に押しつぶされるだろう。…

 聞きまちがい
 聞きまちがいは幻覚ではないが、幻覚と同じように通常の知覚の経路を利用し、現実のふりをするー本人はそれを疑おうとは思わない。しかし私たちの知覚はすべて、たいがい乏しくてあいまいな感覚データから脳が構築しなくてはならないものであるため、誤りやごまかしの可能性はつねにある。それどころか、私たちの知覚がほとんど瞬時にすばやく構築されることを考えると、たいてい正確であることのほうが驚きだ。周囲の状況、そして意識的なものにせよ願望や予想は、たしかに聞きまちがいの共犯者かもしれないが、ほんとうに悪さするのはもっと低いレベル、音韻分析と解読にたずさわる脳の領域だ。その脳領域は、耳からのゆがんだ信号や不完全な信号に対してできることをしようと、たとえばかげていても、現実の単語やフレーズを組み立てる。」

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正確な不完全より、不正確な完全性。

posted by Fukutake at 11:20| 日記