2018年06月13日

違和感を持ち続けること

「『他人』の壁」 養老孟司、名越康文 SB新書 2017年

自意識

204p〜

 養老(孟司):違和感を抱き続けるってどういうことかというと、人間の本当の意味での体力とか強さというものが試されるんですよ。そういう違和感に対するストレスに、耐えていくのが体力であり、ある種の強さなんですよ。だから、そのために山や森へ行って感覚を養えと何度も言っているんです。そこに耐える力が弱いと「そういうもんだ」という生き方しかできない。それで「気づけない」「わからない」と言っても、当たり前のことなんでね。楽をした瞬間に何かができなくなる。損をするというのは当然のことなんです。

名越(康文):「他人からどう思われているだろう」というのは自分に対するトラウマなので、それがある限り、心理学の才能ってなかなか開花しないんです。不思議なもので、自分にあまり関心がなくなると、才能ってぱっと開花する。

養老:自分への関心とかトラウマというのは、だから自意識でしょう。デカルトは自意識について「我思う、故に我あり」と言った。つまり、そのことを考えていることは間違いない事実で、世の中でははっきりしているのは、今これを考えている自分のみだと。自意識というのは、要するにそれじゃないかと言っている。今の人はみんなそうでしょう、「考えている私しかいない」って。この自意識が発端になって、今日ずっと話していますけど、「同じにする」という意識化された行為がはじまるわけですけどね。一方で、これと対立する論点が、仏教でいう「無我」でしょう。考えている自分なんていないと言っているんだから。

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わからないことを考え続ける耐力。
posted by Fukutake at 11:10| 日記