2017年12月05日

役に立つ不便

「不便から生まれるデザイン」−工学に活かす常識を超えた発想− 
 川上 浩司 著 DOJIN SENSHO(化学同人)2011年

不便益について

68p〜
 「見えない可視性
 可視性という言葉のつながりで少し横道にそれるが、もしかすると「手間を想像できるか(可視的であるか)否かが価値を決める」のではないだろうか。
 ご馳走とは、本来はゲストをもてなすためにホストが走り回って食材などを調達することだと、なにかのマンガを読んで知った。すなわち、時間を伴う手間がかかっている。時間をかけずお金をかけたのでは、ご馳走ではなくなる単なる“豪勢な食事”でしかない。」
 
 「気付きの機会拡大
 自転車に対する徒歩通学などの、「連続で時間のかかる」事例や、安宿のロビーだけに設置された共用テレビなどの多くの事例に共通するのは、思いがけないものに遭遇する機会の増加と、投機的な行動が許されることである。セレンビリティーの用語を借りれば、なにかに遭遇し(accident)それを「思いがけないもの」として気付く(sagacity)チャンスの増加である。今日の情報氾濫という事態が示すように、accidentは多すぎてもいけない。能動的にsagacityを発揮できる、ある種の適度な(中庸な)量があると考えられている。

 「マイクロスリップ
 品揃えの便利(一ヶ所で買い物が済む便利さ)は、買い回る楽しさを喪失させる。買い物は、目的の物を入手するという事務的な作業ではなく、そこでのちょっとした無駄な動き(マイクロスリップ)が必要である。マイクロスリップは発達心理学における用語であり、人の学習や成長に不可欠であることが知られている。日頃の何気ない行動を観察していると、動物は必ずしも最適な動きを繰り返すのではなく、エラーやスリップとも呼べないがちょっとした無駄な動きが動作系列に入り込んでいるそうだ。それが新たな動きの獲得という発達の種になっていると言われる。その理由と同じく、買い物マイクロスリップは思いがけぬ新たな発見を通して買い物を楽しい作業にする。ホテルが一等地にあることを便利というときは移動時間と目的地を探し当てるスキルの低減を意味するが、これも町歩きの楽しみ、思いがけない物事と遭遇する機会を喪失させている。電子辞書は所望の単語を見つけるというタスクにおいては時間を節約するが、従前の辞書は探索の過程で思いがけず別の単語を目にする機会を与えてくれる。」

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不便でも結局は役に立つんですね。

posted by Fukutake at 08:42| 日記