2017年11月13日

「陶淵明と死」

「生と死のことば − 中国の名言を読む」 川合 康三  
  岩波新書 2017年

「晩夏に擬する詩」其の三より 164p~

 (訳)「枯れ果てた草が果てしなく広がる。墓地の白楊も寂しく風に鳴る。
 霜の冷たい九月、私の棺は遠い野辺まで運ばれる。
 四方には人家の一つなく、土まんじゅうが高々と聳える。
 馬も私を偲び、天に向かって嘶く。風もわたしを悼み、悲しげに吹き寄せる。
 暗い墓穴がひとたび閉じられたら、千年たとうと二度と朝は来ない。
 千年たとうと二度と朝は来ないのは、賢人達人にもどうしようがない。
 ついさきほど野辺送りをしてくれた人たちも、もうそれぞれの家に帰って行った。
 親族には悲しみの尽きせぬ者もいるが、他人ははや鼻歌を口ずさんでいる。
 死んでしまうのは言い立てるほどのことか。むくろが山の土になるにまかせるだけ。」

(書き下し文)
 「荒草 何ぞ茫々たる
  白楊 亦た蕭々なり
  厳霜 九月の中(うち)
  我を送りて遠郊に出ず
  四面 人居無く
  高墳 正(まさ)にしょうぎょうたり
  馬は為に天を仰いで鳴き
  風は為に自ら 蕭条たり
  幽室 一たび已に閉ずれば
  千年 復(また)朝(あした)ならず
  賢達も奈何(いかん)ともする無し
  向来(さきごろ) 相(あい)送りし人
  各(おの)おの已に其の家に帰る
  親戚 或いは悲しみを余すも
  侘人(たにん) 亦た已に歌う
  死し去るは何の道(い)う所ぞ
  休みを託して山阿に同じきのみ」

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posted by Fukutake at 09:34| 日記