2016年10月31日

国家的に考える

「激論 日本の民主主義に将来はあるか」 岡崎久彦 X 長谷川三千子
海竜社 2012

p48〜

岡崎 …ペルシャの大軍を迎え撃ったサラミスの海戦は、ギリシャが滅びるかどうかの剣が峰ですから、(ペリクレスは)そういう時期に青春時代を過ごしている。だから、全部、国家的に考えているのです。

長谷川 おっしゃる通り、ペリクレスはまさに「国家的に考える」ことのできる人でした。民衆のご機嫌取りなどは二の次なので、国のためにいいことをしたら憎まれるんだと、ペリクレスは自分でもはっきり言っています。
 正確にいうと。「人が人を支配せんと主張すれば、支配のつづくかぎりかならず人の憎悪をうけ(る)」ものであるが、明日に向けての高貴な目的を目指す者は、人々の憎悪もたえしのばなければならないーそういう彼の言葉をツキディデスは伝えています。
 ところが、ここがまさに民主主義の面白いところなのですけれども、このような「国家的に考える」というペリクレスの政治姿勢は「デーモクラティア」の政治イデオロギーからすると、まさに独裁(モナルキア)である、けしからん、ということになるんです。つまり、本当に「国家的に考える」という見地に立って、将来のことまで見渡して政策を立てようとすると、いま現に民衆(デーモス)の望んでいるのとは逆のことをしなければいけないこともありますよね。民衆の声に従うのではなくて、自らの理性の声に従わなければいけないことが多々ある。すると、それはもう、全く「デーモクラティア」のイデオロギーには反することになってしまうのです。
 そもそも、ペリクレスのように十五年ものあいだすっと将軍職(ストラテーゴス)に選ばれつづけるというのは、一人の人間に権力が集中することを嫌う民主制(デーモクラティア)の原理からすれば、許されないことのはずなのです。
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民主主義の内在的欠陥です。民主主義は時間経過によりポピュリズムに堕し、ついに国が衰退する。
posted by Fukutake at 11:40| 日記

2016年10月24日

中国の農民一揆

「大唐帝国」中国の中世 宮崎市定 中公文庫 昭和63年(1988)

390p~

 「中国社会では農業人口が圧倒的多数を占める。だからこれを農業社会と名づけるのはよい。それは人間と同じで、人間は大部分筋肉からなりたっているから、肉体とはよく名づけたものである。また筋肉の状態によって、その人の健康状態がわかるほどだから、大切なものにはちがいない。しかし、それが病気の段になると話はことなってくる。筋肉はもっとも病気にかかりにくい部分であり、かかっても局部的で済むことが多い。したがって筋肉の病気で死んだ人はめったに聞かない。だから筋肉科の医者というものはない。筋肉を専門に治療するのは按摩だが、これは医者とはいえぬ。

 中国の歴史でも、農村が健実な時代は概して健実な社会状態だったといえる。しかし農村問題がただちに王朝の命脈につながった事例は、ほとんどないのである。農民運動、農民反乱はいつも局地的におわっている。それが全国的な秘密結社と連結したときはにはじめて大きな勢力になるが、そのときはもはや農民運動ではなくなっているのである。それはすでに循環系統に病根が転移したことを示すものだ。ところが日本の学界には、反乱さえ起きれば農民運動、王朝が滅亡すれば農民反乱と、なんでも農村へもちこむことを好む傾向がある。筋肉科の医学が流行しすぎるのである。


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何が何でも、農民一揆を反権力だったと思いたがる傾向があります。
posted by Fukutake at 10:55| 日記

2016年10月17日

名こそ惜しけれ

「落葉籠(上)」森 銑三 (小出昌洋編)中公文庫 2009年

安井息軒の「睡余漫筆」より2話

176p〜

 無用の用
 「息軒は速成を求めるほど学問の上に害あることはないといい、必読の書などというものを極めて学ばせるようでは、ろくな学者は出来ないといい、学問の上にも無用の用を説いている。大阪でただで芝居を見せる席を拵えて、青田と呼んだ。実がないという意味だった。先年お上へ願って青田を廃したら、実のある見物人も随って減じた。青田で芝居を見る貧民達が、廃止を怨んで、芝居をそしったからである。止むを得ずにまた願い出て青田を拵えた。これが則ち無用の用だと息軒はいっている。

無意味に長生した男
 「戦後生命を重んずべきことを強調するのはよいとして、無意味にこの世に存在することに何の価値が認められるか。息軒は次のような一話を書いている。
 昔両国橋の始めて出来た時に渡り初をした老人は、もと織田信長に仕えた男だった。森蘭丸と同役だったが、本能寺の変の折には神泉苑に入って、蓮の葉を頭から被って隠れていて死を免れた。それが長生して渡り初めをしたのであるが、或人が嘲って、いずれは死ぬ命ではないか。百年生延びようよりは、蘭丸と一緒に打死したのだったら、千載に芳しい名前が残ったろうに、といったそうだ。息軒は附記して、「尤もなり」としている。


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徒然草のような話ですね。
posted by Fukutake at 08:19| 日記