2016年04月25日

殺人の奨励と礼賛

「中華帝国のジレンマ」礼的思想と法秩序 冨谷 至  筑摩選書 2016

ある復讐譚

「豫譲(よじょう)は晋の人間で、かつて范氏と中行氏に仕えたが、いまひとつ名を知られなかった。そこから離れて趙の智伯に仕えた。智伯は彼を大変気に入りかわいがった。
 智伯はやがて、対立する趙襄子を伐つことを企てるのだが、韓•魏と連携した趙襄子に逆に滅ぼされ、領土は三分割され、また智伯に強い恨みをいだく趙襄子は、かれの頭蓋骨を杯にしたのである。山中に逃れた豫譲は、かくして堅く趙襄子に対する復讐を誓う。
−ああ、士は己を知るもののために死し、女は己を悦ぶもののために容(かざ)る。いま智伯は我を知り、我は讎(あだ)に報ずるを為して死し、以て智伯に報ずれば、則ち吾が魂魄に愧じず。

 かくして、名を変えて囚徒を装い、宮殿の厠で壁塗りの労役につき、趙襄子殺害の機会をねらう。しかし胸騒ぎを感じた趙襄子に見つかってしまう。
 「かれは、義人だ。私は手出しをすまい。智伯は亡くなって後継ぎがいないにもかかわらず、その臣下が仇に報いようとする。見上げた人物ではないか」
趙襄子は義をつくす彼に敬意をはらって、釈放したのである。
 しかしながら、豫譲はそれで復讐をあきらめらわけではない。今度は、身に漆を塗り、癩病患者を装い、炭をのんで聾唖となり、まったく別人となりすまし、物乞いとなって市場に身を潜めていた。妻すらもわからなかったが、友人が気づく。
 「君のような有能な人物は、頭をさげて趙襄子に仕えようとすれば、かれは悦んで君を重用するにちがいない。そうして計画を実行すれば、わけもないことではないのか。このような身を傷つけ姿形を変えてまでして、趙襄子に復讐をしようとしていること、実に大変なことではないか。」
 豫譲は、それに応えて言うには、
 「一旦身を屈して仕官して、殺害を目論むということは、二心をいだいて君主に仕えることになる。確かに、私のやろうとしていることは、至難のことかもしれない。しかし、どうしてこのようなことを為すのかといえば、後生、臣下となって二心をもってその君主に仕える、そのような輩を咎めるからなのだ。」
 かくして、趙襄子暗殺をもう一度試みる。橋の下に潜んで、通過する趙襄子をねらうのだが、またもや見つかって計画は失敗に帰す。
 「君はかつて范氏、中行氏に仕えたではないか。智伯が彼らを滅ぼしたときには、君は復讐をせずに、かえって智伯に仕えた。智伯が殺されたことで、君はいったいどうして彼のためにかくも執拗に復讐を遂げようとするのか。」
 趙襄子のこの問いに、豫譲はつぎのように応える。
 「私が、范氏、中行氏に臣事したとき、彼らは私をその他翁勢の者と同じように接遇した。したがって、わたしもそのその他大勢の者として対応したのだ。智伯様はといえば、国士として私を遇してくださった。だから私は国士としてお返ししたのだ。」
 趙襄子「豫先生、先生が智伯のためになさったこと、その名は確かに成し遂げられたと思います。私はあなたの行為に対してすでに十二分の配慮を致しました。どうかご理解いただきたい。私としてはもうこれ以上先生を釈放することはできないのです。」
 豫譲「私は聞いております。明主は人の美点を隠さず明らかにして、忠臣は名のもとに命をすてるという義を有していると。先に貴方は寛大にも私を赦してくださった。天下はこぞって貴方の立派さを賞賛しております。今回のことは、私はもとより処罰されて当然ですが、ただどうか貴方の上着をいただき、それを切り刻んで、それでもって復讐の志を成し遂げることができれば、思い残すことなく死ねるのです。」
 趙襄子は、これを義として、まとっていた上着を豫譲に与えた。豫譲は剣を抜き、何度もそれを撃ち、かくして剣に伏して自ら命を絶った。
「これで地下の智伯に報告出来る」と言いのこして。


壮絶の一語ですね。


posted by Fukutake at 14:45| 日記

2016年04月19日

ルルド、奇跡の瞬間!

「ルルドへの旅」− ノーベル賞受賞医が見た「奇跡の泉」アレクシー•カレル 田隅恒生 訳 中央公論新社

(瀕死の女性が担架で聖母像の前に運ばれてきた)
74p
 「(ルルドの泉にある聖母像の前…)担架が一台、横たえてあった。(こそには)マリ•フェランは動かず、呼吸はあいかわらず速くて浅い。死の間際と思われた。さらに大勢の巡礼が洞窟へやってくる。(中略)
 ボランティアと担架運びが押し寄せてきた。小さな手押し車は水浴場から洞窟に移ってゆく。よだれを垂らしているあの娘と大きな甲状腺腫のできた不仕合わせ者も、マリ•フェランの隣に曵かれてきた。(中略)
 もう一度、レラック(カレル自身)はマリ•フェランをちらと見た。その瞬間、目を見張った。なにかがちがうように思われた。顔の黒ずんだ調子がなくなり、肌の死人のような色も薄らいでいる。
 幻覚にちがいない、と彼は思った。だが、心理学的には幻覚自体が興味ある問題で、記憶するに値するかもしれない。手早く、時刻をノートにメモした。二時四十分だった。
 ただ。マリ•フェランの変化が幻覚だったにせよ、それはレラックにとっては初めての経験である。Mに向かって、彼は言った。
 「患者をもう一度見てくれないか。すこし持ち直したように見えはしないか?」「ほぼ同じだと思います。わるくはなっていないというだけです。」
担架にかかみこんだレラックは、また彼女の脈を取り、息づかいに耳を澄ませた。「呼吸は前より緩慢になっている」としばらくしてMに告げた。
「死にかけている、ということかもしれません。」とMが言う。
信者でない若いインターンには、この変化が超自然的なものとはまったく思えないのだった。
 レラックは答えなかった。彼のみるところ、彼女の病状全般がにわかによくなったことは明らかだった。何かが起こりつつあるのだ。彼は身構えて、感動で身震いするのを抑えようとした。担架のわきの低い壁を背にして立ったまま、マリ•フェランに彼の観察力のすべてを集中した。目を、彼女の顔から逸らせなかった。…
 レラックの冷静な、客観的な凝視のもとでマリ•フェランの顔はゆっくりと変わり続けた。光のなかった目は、洞窟のほうへ視線を向けているうちに恍惚としたまなざしで大きく開かれていた。その変化は否定のしようもない。…
 不意に、レラックは自分の顔から血の気が引くのを感じた。マリ•フェランの膨張した腹部を覆っていた毛布がしだいに平たくなってゆくのだ。…
レラックは頭がおかしくなりそうだった。マリ•フェランの傍らに立ったまま、彼はうっとりとして彼女の吸いこむ息とのどの鼓動を見つめた。心拍はまだ非常に急速とはいうものの、規則正しくなっていた。
「気分はいかがです」と彼は訊ねた。
…彼女は小声で答えたー「未だ元気は出ませんが、治ったようなきがます」

レラック(カレルのこと)はルルドに向かう汽車の中で、マリ•フェランを診察した。彼女が不治の状態にあり、末期の結核性腹膜炎からの回復もありあないことをしっていた。しかし彼は目の前で奇跡を見たのだった。
posted by Fukutake at 12:29| 日記

2016年04月12日

精神病の理解のために

「ひき裂かれた自己」R.D.レイン みすず書房 1971

103p

「(中略)(患者の夢)『私はバスを追いかけていました。つぎの瞬間急に私はバスの踏板の上にいて、しかも同時にバスを追いかけているのでした。私はバスの上にいる自分と一体になろうとしましたが、バスに全然追いつけず、こわい思いをしました。』
 一時的解離のこのようなありふれた体験の実例は、いくらでも挙げられよう。時にはそれは意図的に誘発される。しかし、統御なしに生じることの方がはるかに多い。しかし、ここで考察される患者たちでは、分離は、単に大きな危険をはらんだ特殊な状況への反応ではない。大きな危険への反応なら、危険が過ぎればもとにもどる。それとは反対に、この分離は人生への基礎的定位であって、彼らの生活史をたどると、事実上生後数ヶ月の乳児期から、すでにこの分離が発現し進行しているように思えるのが普通である。いわゆる<正常な>人間は、その存在にとって脅威的であり脱出の現実的見通しが全くないと万人がみとめるような状況では、分裂病質的な状態を発展させることによって、身体的にではなくても心理的にその外へ抜け出ようとする。彼は心的観察者となり、距離をおいて平静に、身体が行ないまたは身体において行われることを傍観する。<正常な>者においてさえそうなのであるとするなら、少なくとも次のように推測することは可能である。世界内存在の永続的様式がこのような分離という性質を帯びている人間は、われわれにとってそうではないにしても彼にとっては、八方から自分の存在をおびやかす出口なき世界のただ中に住んでいる、と。事実こうした人びとにとっては、まさにその通りなのである。彼らにとって世界は格子なきろうごくであり、有刺鉄線のない強制収容所である。」

難しいですが、上記の部分は本書では分かり易いほうです。
posted by Fukutake at 11:38| 日記