2015年12月28日

成功者の最後の言葉

スティーブジョブス最後の言葉(フェースブックより)
    
I reached the pinnacle of
success in the business world.
私は、ビジネスの世界で、成功の頂点に君臨した。
   
In others’ eyes, my life is an epitome of success.
他の人の目には、私の人生は、
成功の典型的な縮図に見えるだろう。
    
However, aside from work, I have little joy.
In the end, wealth is only a fact of life that
I am accustomed to.
    
しかし、仕事をのぞくと、喜びが少ない人生だった。
人生の終わりには、富など、私が積み上げてきた
人生の単なる事実でしかない。
   
At this moment, lying on the sick bed and
recalling my whole life,
I realize that all the recognition and wealth that
I took so much pride in, have paled and become
meaningless in the face of impending death.
  
病気でベッドに寝ていると、
人生が走馬灯のように思い出される。
  
私がずっとプライドを持っていたこと、
認証(認められること)や富は、
迫る死を目の前にして
色あせていき、何も意味をなさなくなっている。
   
> In the darkness, I look at the green lights from
the life supporting machines and hear the
humming mechanical sounds,
  
この暗闇の中で、生命維持装置の
グリーンのライトが点滅するのを見つめ、
機械的な音が耳に聞こえてくる。
   
I can feel the breath of God and of death drawing closer…
   
神の息を感じる。死がだんだんと近づいている。。。。
   
Now I know, when we have accumulated
sufficient wealth to last our lifetime, we should pursue
other matters that are unrelated to wealth…
   
今やっと理解したことがある。
   
人生において十分にやっていけるだけの
富を積み上げた後は、富とは関係のない
他のことを追い求めた方が良い。
   
Should be something that is more important:
もっと大切な何か他のこと。
    
Perhaps relationships, perhaps art,
perhaps a dream from younger days ...   
   
それは、人間関係や、芸術や、
または若い頃からの夢かもしれない。
   
Non-stop pursuing of wealth will only turn
a person into a twisted being, just like me.
   
終わりを知らない富の追求は、
人を歪ませてしまう。私のようにね。
  
God gave us the senses to let us feel
the love in everyone’s heart, not the illusions
brought about by wealth.
   
神は、誰もの心の中に、
富みによってもたらされた幻想ではなく、
   
愛を感じさせるための「感覚」
というものを与えてくださった。
  
The wealth I have won in my life I cannot bring with me.
私が勝ち得た富は、(私が死ぬ時に)
一緒に持っていけるものではない。
   
What I can bring is only the
memories precipitated by love.
   
私が持っていける物は、愛情にあふれた思い出だけだ。
   
That’s the true riches which will follow you,
accompany you, giving you strength and light to go on.
    
これこそが本当の豊かさであり、あなたとずっと
一緒にいてくれるもの、あなたに力をあたえてくれるもの
あなたの道を照らしてくれるものだ。
    
Love can travel a thousand miles.
Life has no limit. Go where you want to go.
   
Reach the height you want to reach.
It is all in your heart and in your hands.
    
愛とは、何千マイルも超えて旅をする。
人生には限界はない。
  
行きたいところに行きなさい。
   
望むところまで高峰を登りなさい。
  
全てはあなたの心の中にある、
   
全てはあなたの手の中にあるのだから
   
What is the most expensive bed in the world? -
"Sick bed" …
    
世の中で、一番犠牲を払うことになる
「ベッド」は、何か知っているかい? 
シックベッド(病床)だよ。
    
You can employ someone to drive the car for you,
make money for you but you cannot have someone
to bear the sickness for you.
   
あなたのために、ドライバーを誰か雇うこともできる。
お金を作ってもらうことも出来る。
だけれど、あなたの代わりに病気になってくれる人は
見つけることは出来ない。
  
Material things lost can be found.
But there is one thing that can never be
found when it is lost – "Life".
   
物質的な物はなくなっても、また見つけられる。
   
しかし、一つだけ、なくなってしまっては、
再度見つけられない物がある。
   
人生だよ。命だよ。
   
When a person goes into the operating room,
he will realize that there is one book that he has
yet to finish reading – "Book of Healthy Life".
  
手術室に入る時、その病人は、まだ読み終えてない
本が1冊あったことに気付くんだ。
   
「健康な生活を送る本」
  
Whichever stage in life we are at right now,
with time, we will face the day when the
curtain comes down.
  
あなたの人生がどのようなステージにあったとしても、
誰もが、いつか、人生の幕を閉じる日がやってくる。
   
Treasure Love for your family,
love for your spouse, love for your friends...
     
あなたの家族のために愛情を大切にしてください。
あなたのパートーナーのために、
あなたの友人のために。
  
Treat yourself well. Cherish others.
  
そして自分を丁寧に扱ってあげてください。
他の人を大切にしてください。
   
  
 
posted by Fukutake at 08:50| 日記

2015年12月22日

自分をだます

「ずる – 嘘とごまかしの行動経済学」ダン•アリエリー 櫻井裕子訳 早川書房 2012

32p
 「…ごまかしは『目立ちたくない』という懸念には影響を受けないことがわかる。むしろわたしたちの道徳感覚は、自分が違和感を覚えないごまかしの量と関係がある。要するに、わたしたちは『そこそこ正直な人間』というイメージを保てる水準まで、ごまかしをするのだ。」

119p
 「わたしは長年の教職経験から、いつも学期の終わりごろになると、学生の親戚の訃報が相次ぐことに気がついた。しかもそのほとんどが、期末試験の一週間前と、論文の締切直前に集中する。一学期あたりの平均では、わたしの学生一割ほどが、だれかがーたいていは祖母がー亡くなったと言って、締切の延長を求めてくる。もちろんわたしはとても悲しい気持ちになり、学生を気の毒に思って、課題を終わらせる猶予をいつも与えることにしている。だが、疑問は残る。期末試験の数週間のいったい何が、学生の親戚にこれほどの危険をもたらしているのだろう?」


186p
 「カリフォルニア工科大学の一九七四年の学位授与式で、物理学者のリチャード•ファインマンは、卒業生に対するはなむけのスピーチでこう言った。『第一の原則は、自分をだましてはならないということだ。自分というのは、最もだましやすい人なのだ。』ここまで見てきたように、わたしたち人間は、根本的な葛藤に引き裂かれている。自分や他人を欺こうとする根深い傾向と、自分を善良で正直な人間と思いたいという欲求との葛藤だ。そこでわたしたちは、自分の行動がなぜ妥当で、ときには賞賛に値しさえするかを説明する物語を語ることで、自分の不正直さを正当化する。実際、わたしたちは自分をだますのがとてもうまいのだ。」

身につまされます。
posted by Fukutake at 09:41| 日記

2015年12月16日

発心集より

「新版 発心集 上」鴨 長明 (浅見和彦•伊東玉美 訳注) 
角川文庫2014年

 1 (治承の乱の刑人)
 「また、ある人が次のように言った。『治承の頃、世が乱れ、人がたくさん亡くなりました時、敵方の人を捕まえ、首を刎ねに行くと大騒ぎし合っている。見ると、多少身分がある者なのだろう、やはりたしなみのある様子に見える人を、情容赦なく手荒い態度で追い立てて行く。まるで地獄絵に描かれた鬼そのものである。『ああかわいそう。きっと普通の気持ちではいられまい』と哀れで気の毒に思っていたとこころ、道に茨があるのを、この人は踏むまいと避けて行こうとした。それを見ていた人は、『これほどの目に遭い、あとどれだけ生きながらえる身でもないのに、茨を踏むまいと思うのか』と、哀れに悲しく思い合いました。』

(原文)
 「またある人のいわく、『治承のころ、世の中乱れて、人多く亡び失(う)せ侍りし時、敵(かたき)の方の人を捕えて、頸を切りに出でまかるとてののしりあえへるを見れば、ことよろしき者にこそ、さすがに由ありて見ゆるを、情なくゆゆしげにして、追いたてて行く。地獄絵に書ける鬼人(おにひと)にことならず。『あな心憂、よも現心(うつつこころ)あらじ』とあわれにいとほしく見ゆるほどに、道に棘(むばら)のあるを、踏まじとて避(よ)きて行かんとするを、見る人、涙落としていわく、『かばかりのめを見て、今いく時あるべき身なれば、棘を踏まじと思ふらん』と、はかなく悲しみあへり』


2 (醜悪な人体)
 「いったい、人間の体は、骨と肉の絡みでできている、朽ちた家のようだ。五臓六腑の様子は、毒蛇がわだかまっている姿そのものである。血が体をひたし、筋は関節をつないでいる。わずかに薄い皮一重で覆い、これらで様々な不浄を隠している。おしろいを塗り、薫物をたきしめても、それが偽りの装飾だと知らぬ者はいない。海や山で探し求めて来た珍味も、一晩経つとみな不浄となる。まるで彩色をほどこした瓶に糞穢を入れ、腐った死体が錦を身に付けているようなものだ。もし、大海を傾けて、その水全てで洗ったとしても、きれいになりようがない。もし、栴檀をたきしめてくゆらせても、長くは香りが続かない。
 まして魂が抜け、命が尽きた後の体は、むなしく墓のあたりに捨てられてしまう。身はふくらみ、腐爛して、最後には白い骨となる。この本当の姿を知っている人は、いつもそれを嫌う。『愚かな人が上べの美色にふけって心を乱すのは、いうなれば便所の中の蛆虫が糞穢を好むようなものだ』と言っている。」

(原文)
 「大方、人の身は、骨、肉(しし)のあやつり、朽ちたる家の如し。六腑、五臓のありさま、毒蛇のわだかまるにことならず。血は体をうるおし、筋、継目をひかえたり。わずかに薄き皮ひとへおほへる故に、この諸々不浄を書く隠せり。粉(おしろい)を施し、薫き物をうつせど、誰かは、いつわれる飾りと知らざる。海に求め、山に得たる味ひも、一夜経ぬれば、ことごとく不浄となりぬ。いはば、描ける瓶に糞穢を入れ、腐りたるかばねに錦をまとえるが如し。もしたとひ、大海を傾けて洗うとも、清まるべからず。もし栴檀をたきて匂はすとも、久しくかうばしからじ。
 いはんや、魂去り、命尽きぬる後は、空しく塚のほとりに捨つべし。身ふくれ腐り乱れて、ついに白きかばねとなり、真の相を知る故に、念々にこれを厭ふ。『愚かなる者は仮の色にふけりて、心を惑わすこと、たとえば、厠(かうや)の中の虫の糞穢を愛するが如し』といへり。」

-----------------------

当時の民衆の声を聞くようです。
posted by Fukutake at 13:15| 日記