2019年07月16日

自分は自分が決められる

「宿命を超えて、自己を超えて」 V.E.フランクル  山田邦男/松田美佳(訳)
  春秋社 1997年

  p12〜

 (1980年ウィーンでの講演)
 「… サンフランシスコ近郊に、刑務所があります。サン・クウェインティン刑務所です。そこの所長から何年にもわたって、囚人の前で話をするように頼まれていました。そこは、悪名高い刑務所で、現在でもガス室があるくらいです。カリフォルニア大学の教授が私についてきました。かれは、私の講演の後で、囚人にインタビューしようと考えていたのです。教授は、私の講演が終わったとき、どうおもったか囚人にたずねました。囚人たちは教授に言いました。

 「連中は(その刑務所には毎月サンフランシスコから心理学者や精神科医が講演に来ていたのです)われわれみんなに言い聞かせようとする。われわれの過去に、われわれの子供時代にすべての責任がある、と言う。われわれは、首に石臼をぶらさげているかのように、過去を引きずって生きている、というわけさ。だいたい、そんな講演には、だれだって二度と行きやしない。フランクルの講演を聞きに行ったのは、フランクル自身が囚人だったことがあると聞いたからだ。ところが、フランクルは、他の連中とはぜんぜん違うことを言った。それはなにかというと、われわれでも、自分の運命を曲がりなりにも手中におさめることができる、と言うんだ。われわれでも、別の人間になれる、と言うんだ。」

 私が実際に囚人たちになにを言ったかを、すこしウィーン方言で言わせてください。だいたいこういうことを言ったのです。

 「みなさん、あなたがたは人間だ。私とおなじように人間だ。あなたがたは、人間だから、自由だ。人間だから、責任がある。あなたがたには、ばかなこと、ずるいこと、犯罪をしでかす自由があった。だけど、よく考えてください、今は、自分自身を乗り越えて成長する責任があります。罪を犯した事実を乗り越えて成長する責任があります。」

 囚人たちはこの話が気に入ったのです。囚人たちはこの話に合点がいったのです。
 …
 人間であるということは、このあり方しかできない、他のあり方ができない、ということではけっしてありません。人間であるということは、いつでも他のあり方ができる、ということなのです。」


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(人間は、自分のあり方を自分で瞬間瞬間決定できる存在)
posted by Fukutake at 08:21| 日記

2019年07月10日

人生から問われている

「宿命を超えて、自己を超えて - 意味という救い」V.E.フランクル 山田邦夫/松田美佳訳 (春秋社)」1997年

生きる意味
p128~

 「………十五歳のときに成人大学で「生きる意味」について講演をしました。そのとき私はこう述べました。人間には、「私の人生の意味はなにか」と問う権限がない、人生こそが、人間をいつでも問いに直面させているのだ、人間はその問いに答えなければならない、と。いまでも私はおなじ考えです。人間は、答える存在、答えなければならない存在です。人間は、ことばによって答えるのではなく、行為によって、責任ある行為によって答えます。それは、人間が問われている存在なのだというとです。そして、人生のどの状況も一つの問いであるということです。日常の人間、日常の具体的な状況にある人間は、あらためて反省することはけっしてありません。かれにはわかっているのです。いま私はこれをしなければいけない、ということが、かれが生きているのは、あらゆる理論の彼方にある世界なのです。
 …
 私たちが結局のところ価値とみなすことができるのは、具体的な価値だけなのです。それは、「人間の条件」に組み込まれているのです。たとえばこんなことを想像してみてください。あなたは、一人の病人がかわいそうだとおもいます。あなたはかれに同情します。かれの身になり、かれを助けたいとおもいます。そのとき、あなたはかれを助けるなら、それは無意味感を振り払うためでしょうか。それとも、ただ、そうせずにはいられないからでしょうか。つまり、あなたは、そのとき、ほかの人を助けるという価値そのものになっているのです。これこそ、価値の実存的根源です。だからこそ、精神療法でも、最終的にはこの根元にまで、この原点にまで立ち戻らなければならないのです。」


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(問うのではなく、問われている)
posted by Fukutake at 14:22| 日記

2019年07月08日

帝国ホテル

「帝国ホテルのおもてなしの心」 定安 英弥 
 学士會会報 no.937 (2019-W) の講演録から

 おもてなしの心は現場の発想
 「「紙クズはもう一泊します」は、「お客様の万一の忘れ物い備えて、チェックアウト後の客室清掃で出たゴミは一日おいてから廃棄する」ことを指します。正直に言うと、九百三十一部屋から出るゴミは大量で大変です。しかし客室係のチームは、自ら考えてこのサービスを始めました。自画自賛のようで恐縮ですが、本当に客室係の真心が籠っていると思います。

 「オペレーターの手鏡」は、「帝国ホテルでは電話をくださったお客様に対して、お顔が見えなくても笑顔で対応するために、オペレーターのデスクの前には手鏡が置かれている」ことを指します。「笑顔に込めた想いは声からだけでも十分にお客様に伝わる」との思いから、オペレーター係が自ら考えついた工夫です。…

 一方、優れたサービスをしたスタッフに対しては、全員の前で表彰し、スタッフ全員で共有しています。
大賞受賞例として、少し前、大阪の帝国ホテルで、ルームサービス担当の女性スタッフがお客様の部屋に料理を届けた後、一礼をして退出しました。お客様はドアが閉まった後もスコープを覗いて担当者が帰っていく姿を見ていたそうです。すると彼女は閉まったドアに深々と一礼をして帰りました。そのお客様は、「素晴らしいサービスに感心した」という手紙をくださいました。…」

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さすが!帝国ホテルは安心して利用できます。

posted by Fukutake at 08:07| 日記