2019年11月08日

医者の心得

「医師は最善を尽くしているか Better: a surgeon’s notes on performance」 アトゥール・ガワンデ 原井宏明訳 みすず書房 2013年
(その1)

あとがき より
医学生への五つのアドバイス
p230〜
 「あるとき、医学生に講義をする機会があった。ある講義中に、この疑問の答えを探してみようと思い立った。医学生のためでもあり、私自身のためでもある。五つの答えを思いついた −− 価値のある違いをどうすれば生み出せるか、言い換えれば、どうすればポジティブな逸脱をできるか。それについて五つのアドバイスを考えたのである。

 最初のアドバイスは、私の好きなポール・オースターのエッセーから引いている。「筋書きにない質問をしなさい」。医師の仕事は見知らぬ人に話しかけることである。ならば、その見知らぬ人からいろいろ学んでもいいはずだ。
 表面的には簡単なことに見える。では、新患が今、来たことにしてみよう。他にも三人の患者が診察を待っていて、問診票は二ページ残っていて、もう遅い時間になっている。この瞬間、あなたは今手にしているものだけで先に進みたいと思う。痛みはどこか、腫瘤は、他にどんな問題が?どのくらい続いているのか? 何を使ってよくなったり、悪くなったりは? 過去の医学的問題は? だれでも知っている基本的問診である。
 しかし、どん時点でもいいから、患者と時間を共有することを考えてほしい。筋書きにない質問をしてみるのである。「出身はどこですか?」あるいは「どうしてボストンまで来たんですか?」さらには「昨夜のレッドソックスの試合は見ましたか?」深くて重要な質問はする必要はない、人としてのつながりを持てればいい。こんなつながりには興味がないという人もいる。そういう人はただ腫瘤を診て、自分の仕事をすればいい。
 しかし、たくさんの反応が返って来ることにも気がつくだろう。なぜなら、患者は礼儀を知っていたり、友好的だったり、あるいは人のつながりを求めていたりするかもしれない。そういうことが起こったなら、二文以上に会話が続くように努めるといい。話を聞くのだ。記録も取る。患者は右鼠蹊部ヘルニアの四六歳男性ではない。患者は四十六歳の元葬儀屋で、葬儀ビジネスを嫌っており、鼠蹊部にヘルニアがあるのだ。…」


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患者も人間だ。

posted by Fukutake at 09:01| 日記

2019年11月07日

諸葛孔明

「晩翠詩抄」 土井晩翠作 岩波文庫 1930年

p34〜
 「星落秋風五丈原」  
(巻頭三節のみ)

祁山悲秋の風更けて
陣雲暗し五丈原、
零露の文(あや)は繁くして
草枯れ馬は肥ゆれども
蜀軍の旗光無く
鼓角の音も今しづか。
* *
丞相病あつかりき。

清渭の流れ水やせて
むせぶ非情の秋の声、
夜は関山の風泣いて
暗に迷ふかかりがねは
令風霜の威もすごく
守る諸営の垣の外。
* *
丞相病あつかりき。

帳中眠かすかにて
短檠光薄ければ
ここにも見ゆる秋の色、
銀甲堅くよろえども
見よや侍衛の面かげに
無限の愁溢るるを。
* *
丞相病あつかりき。

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諸葛孔明終焉の地(五丈原を詠む)

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posted by Fukutake at 09:51| 日記

2019年11月06日

漱石先生の想い出

「寺田虎彦随筆集 第三巻」 小宮豊隆編 岩波文庫 

夏目漱石先生の追憶

p292〜
 「先生最後の大患のときは、自分もちょうど同じような病気にかかって弱っていた。江戸川畔の花屋でベコニアの鉢を求めてお見舞に行ったときは、もう面会を許されなかった。奥さんがその花を持って病室へ行ったら一言「きれいだな」と言われたそうである。勝手のほうの炉のそばでM医師と話をしていたら急に病室のほうで苦しそうな声が聞こえて、その時にまた多量の出血があったようであった。
 臨終には間に合わず、わざわざ飛んで来てくれたK君の最後のしらせに、人力にゆられて早稲田まで行った。その途中で、車の前面の幌にはまったセルロイドの窓越しに見る街路の灯が、妙にぼやけた星形に見え。それが不思議に物狂わしくおどり狂うように思われたのであった。
 先生からはいろいろのものを教えられた。俳句の技巧を教わったというだけではなくて、自然の美しさを自分自身の目で発見することを教わった。同じようにまた、人間の心の中の真なるものと偽なるものとを見分け、そうして真なるものを愛し偽なるものを憎むべき事を教えられた。
 しかし自分の中にいる極端なエゴイストに言わせれば、自分にとっては先生が俳句がうまかろうが、まずかろうが、英文学に通じていようがいまいが、そんな事はどうでもよかった。いわんや先生が大文豪になろうがなるまいが、そんなことは問題にも何もならなかった。むしろ先生がいつまでも名もないただの学校の先生であってくれたほうがよかったではないかというような気がするぐらいである。先生が大家にならなかったら少なくとももっと長生きされたであろうという気がするのである。
 いろいろな不幸のために心が重たくなったときに、先生に会って話をしていると心の重荷がいつのまにか軽くなっていた。不平や煩悶のために心が暗くなった時に先生と相対していると、そういう心の黒雲がきれいに吹き払われ、新しい気分で自分の仕事に全力を注ぐことができた。先生というものの存在そのものが心の糧となり医薬となるのであった。こういう不思議な影響は先生の中のどういうところから流れだすのであったか、それを分析しうるほどに先生を客観する事は問題であり、またしようとは思わない。」

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美しい追憶
posted by Fukutake at 15:27| 日記